あのIfの行く先を  ~『モテ薬』を読んで

面白い本を読んだので、長めの感想文を書きました。

 

読んだのはこちら

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モテ薬

 

 あの報道があった時「今後この事件をモチーフにした小説が出ても、自分は決して読むまい」と思っていた。研究の世界にさして興味を持たない大衆が、気分次第に研究者の世界を揶揄するのかと思うと我慢がならなかったから。それでも読んでしまったのは、そろそろ決着を付けて欲しいと願う気持ちが大きくなってきたからかもしれない。
 

 この小説『モテ薬』は、いろいろな意味で世界に衝撃を与えたSTAP細胞騒動をモチーフにしたフィクションだ。この物語は、センセーショナルな記者会見もその後の過熱報道もすっ飛ばして、女神を魔女へと転換した出来事から始まる。実際の報道があった頃、私は研究を掲げる機関に在籍し、実際多くの研究者とこの事件を話題にした。論文を読んだことも無い、サイエンスよりも女子力やら胡散臭い健康法やらを有難がってきたマスコミに対する批判の方が多いくらいだった。程度の差こそあれ、関係者とされる人々に対して同情的な気持ちが強かった。


 さすがに21世紀の報道にはいくらか分別があったのか、報道の名のもとに生身の人生を垂れ流すことは減っているが、同時に、事件に対して折り合いを付ける機会を失ってしまっていた。なぜこのような結果になってしまったのか?彼女は、彼は、本当はどんな人だったのだろうか?何に喜び、誰を愛し、どんな苦しみを抱えてきたのだろう?残酷な野次馬報道と言いながら、それを望む自分も知っていて、この手の事件はいつも後味が悪い。


  人の欲望の中でも、不老不死と同じくらい強いといわれるモテたい気持ち。それが、たった一粒の錠剤で叶うなら、私はいくら払うだろうか?新聞広告ができた時代には健康とモテの広告はあったのだから、人類共通の夢なのだろう。莫大な富を生み、性欲や名誉欲、征服欲を満たしてくれる薬。効能を羅列すると、なるほど麻薬だ。実際、賢者の石だろう。ならば、周囲をゆっくりと不幸にしていく様も納得だ。この、エピソードのもつれ具合が生々しくて、うっかり現実かと錯覚してしまうことが幾度もあった。その度に表紙へ戻り「これはよく似たフィクションだから」と自分に言い聞かせた。


 リケジョの端くれとして、彼女らの立場に、待遇に、言動に同情や共感を抱くことは容易だった。残念なことに、私に一番近いと感じたのは、主人公に出入りの魚屋を紹介した同級生だった。彼女のプライド、正義感、そして消せない嫉妬心が無かったら、この物語は成立しなかったとすら思う。なんという存在感の脇役だろう。


 秘密のベールが綻びてからの展開は、流石の旺季ワールドだった。いつのまにか私と物語の境界線が揺らぎ、主人公の言葉がまるで自分から出たかのような錯覚に襲われた。手際よく、それでいて決して事務的ではなく、物語のピースが埋まっていく。主人公の科学誌記者が聞いたこと、見たものが、自分の体験として私に記憶され、登場人物たちはまるで私と会話をしているかのようだった。「メタル・シンデレラ」を「モテ薬」と呼ぶ人達にいちいち腹を立てながら、本文には出てこない舌打ちの音まで聞いた気がする。


 モチーフを忠実になぞりながら、誰も知らない日常シーンまでを丹念に想像して作られた世界は、あったかもしれない世界の記録のようにさえ思えた。フィクションが誰かを救うことがあるならば、それは「あったかもしれないストーリー」を提示してくれた時だろう。騒動の登場人物に着地点が用意されIfの分岐が刈り取られた時、読者はやっと落ち着くことができる。これで私の中でも一つの決着がついた。これが、物語の力なのだろうか。


 最後に全くの余談になるが、もしこの物語が映像化されるとしたら、俳優の高橋一生はキャスティングされるだろうか?誰の役というわけではないが、途中から彼の顔がチラついて仕方がなかった。答え合わせの機会が来ることを切に願っている。